争うべきは原告ではなく国や県~埼玉地裁判決を今後にどのようにいかすのか~

2024年06月04日

5月9日、新聞各紙は一斉に「吉川市に賠償命令 ALSの訪問介護」といった記事を掲載しました。
難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う、吉川市に住んでいた(現在は他市の転居)男性が24時間体制の訪問介護サービスを求め、市を提訴した裁判の判決です。

しんぶん赤旗5月9日社会面
しんぶん赤旗5月9日社会面

裁判の概要

原告は障害者総合支援法に基づく重度訪問介護を申請し、24時間体制の訪問介護を要望。当初から「家族の介護は当てにしないでほしい」というような要望をされていたとのことです。
その方には、当時未就学児を含む3人のお子さんがいました。
市も24時間体制の介護が必要という認識を持った上で、2019年12月に重度訪問介護の訪問時間を月413時間と支給決定をしました。
市が判断した月413時間というのは、訪問看護の時間や介護保険での訪問介護の時間、そして「見守りだけだから子育てをしながらでも看られるだろう」と市が考えた270時間を1カ月720時間から引いた時間でした。

この413時間という支給結果に対し、原告は2020年3月に埼玉県に審査請求をしています。
が、翌年3月に埼玉県は原告請求を棄却しました。
そして21年9月、原告は埼玉地裁に訴状を提出したという次第でした。

判決の概要

(1)重度訪問介護の支給量について、1カ月605.5時間(約1日19時間)を下回らない時間とする決定をせよ。
(2)介護支給量の不足分を自費で補った実費の一部(1,137,455円)と、慰謝料(200,000円)、計1,337,455円と21年11月16日から年3%の割合の金員を払え。
(3)割愛
(4)訴訟費用の3分の1を被告の負担とする。

市は控訴を決定

6月議会では市はこの裁判に控訴をしたとのことで、その専決処分に対する承認が議題の一つとして上げられました。
控訴理由の一つは、家族の状況に即し・勘案して重度訪問介護の支給量を決定するのは市町村長の裁量に委ねられており、判決でも認めていること。
市は原告への支給決定にあたり、ご本人の身体状況やご家族の生活状況等、必要な調査を経た上で様々な観点から月270時間を控除する支給決定を行っており、判決に不服があるということでした。

私は今日の本会議で、この市の決定に対し反対討論をしました。
私が主張したのは以下の点です。

制度が追い付かない中で増える重度の在宅療養者

 かつては神経難病の方、特に人工呼吸器を装着した方々は長期にわたり入院生活を余儀なくされていました。国の医療費削減政策・入院日数短縮の方針と、自宅でも管理しやすい医療機器が開発されたことなどにより、90年代中頃から人工呼吸器を装着した状態で自宅療養する方が増えてきました。

吉川市でも90年代後半には人工呼吸器を装着して自宅療養を選択した方がいらっしゃいました。私も訪問看護の仕事を通して関わっていましたが、ご家族は抱えきれないほどのストレスを抱えながら介護をしていらっしゃいました。
あのストレスの大きさ、ご主人の追い詰められた表情は今も忘れることができません。
当時は措置制度の時代で訪問介護の制度があったとは言え、ヘルパーさんの訪問時間もケアの内容も非常に不十分だったと思います。

ALS療養者とその支援者が制度の進歩を支えてきた

その後介護保険制度が始まり、また障害者のみなさんへの支援も支援費制度・障害者自立支援法を経て障害者総合支援法と変遷を辿りました。
以前は痰の吸引や経管栄養の接続など、医療処置を実施できるのは医師・看護師と療養者本人の代理としての家族だけでした。気管切開をして人工呼吸器を装着している療養者のみなさんはどうしても痰が多く出るので、ヘルパーさんが訪問している最中でも療養者のそばを離れることができない、そんな時代でした。
2012年になって一定の条件の下でヘルパーさんにも痰の吸引や経管栄養の接続などの医療的なケアが認められるようになり、人工呼吸器を装着した在宅療養者のご家族もようやく少しケアから解放される時間がとれるようになったのだと思っています。24時間のケアが必要だという認識も広がったと思います。
こうした医療的ケアの必要な在宅療養者への支援策の変化を推進してきた大きな力として、ALSの患者さんやその療養生活を支援するみなさんのご尽力があったと私は理解しています。

今、支援制度は満たされたのか?

そしてこうした変化がALSをはじめとする神経難病、人工呼吸器を装着した在宅療養者とそのご家族への支援、特に介護負担の軽減が十分に図れるようになったかというと、まだまだ不十分な現実があると思っています。
今回の裁判で問われたのも、家族介護の時間をどう見るかということでした。
未就学児を含む子どもを3人抱え、24時間の重度訪問介護を要望しているご家族が「見守り介護だから、子どもの面倒を見ながらでも介護ができるだろう」という判断に基づいた支給決定を受けとった時、どんなに重く悲しい気持ちに陥ったかということは想像に難くありません。

問われるべきは県や国の指導と責任

ただこうした支給決定や地裁の判決を受けて、吉川市の障害福祉が冷たいとかひどいとかというのも私は違うと思います。
市の支給時間の決定は障害者総合支援法に基づいて決定したものであり、原告の方が県に対し市の支給時間について不服審査請求を提出したのに対して、県が原告の請求を棄却した事実がそれを証明しています。
問われるべきは県や国の指導や責任、そして障害者総合支援法の限界だと思います。
市が今回の判決に対して納得のいかない思いを抱くのも、わからなくはありません。

今後の障害者福祉サービス全体の向上へと役立てるべき

ただ市民の代表である議員の立場としては、今回の判決は障害者福祉サービス全体の向上へと役立てるべきだと思います。
争うべき相手は原告ではなく、国や県だと思います。
こうした判決が出されたことをどう考え、今後にどう活かすのか、24時間のケアが必要な在宅療養者への支援、重度訪問介護の在り方について改めて考える契機にしていくべきだと思います。
松戸市でも昨年同じような裁判が起こされ、千葉地裁は「基本的に1日24時間に相当する重度訪問介護が認められるべきだ」とし、介護保険や医療保険に基づいてヘルパーや看護師・医師が来訪する時間を差し引いて、支給時間を22時間とするよう市に命じました。

他にもこれから、同じような裁判が起こされていくのかもしれません。
こうした裁判結果について国や県としっかりと話し合っていただき、障害者福祉サービスの向上を期待し、市の控訴に反対をしました。